センティメンタルジャーニー

人生解読ワークショップをひかえて、突然私が少女時代を過ごした、甲府に行きたくなりました。ずうっと思っていたのですが、これは良いチャンスと思い行ってきました。
私が住んでいた家はもちろんありませんでした。父の勤めていた病院の医師用の官舎でした。その代わり医師会館がたっていました。隣にあった赤線は少しその雰囲気を残していましたが普通の住宅地になっていました。よく買い物に行かされた穴切新道は穴切通りと名を少し変えていました。それがあまりに小さな通りなのでショックでした。その名のもとになっている穴切神社は大神社となり、昔の面影を少し残していました。国家開拓の神らしいのですが、スサノウも奉っていたので、出雲系なのかしらなどと思いました。宮司さんは、3ヶ月に赴任したそうでわからないと言われてしまいました。でも神楽の練習会などをやっていて活動があるようでうれしくなりました。
その夜は眠れませんでした。甲府で過ごしたころの自分の心や感情、父と母の葛藤などを思い出して、今の人生を考えたり不思議な思いや切ない感情が静まりませんでした。ちょっとしたセンチメンタルジャーニーでした。

ハレビさんのイニシエーション

今、次号のインナーライトディスカバリーにむけてハレビさんの自伝「カバリストの道」を翻訳しています。今回はハレビさんのイニシエーションについての章です。
ハレビさんは絵にも行き詰まり、小説にも行き詰まり、そのとき出会った建築家からウスペンスキーのグループに導かれたそうです。その魂の学校の紹介の授業に行って、求めていたものであったと確信して、その日は眠れなかったと書いています。ウスペンスキーの「軌跡を求めて」を夢中になって読んだそうです。とくにほとんどの人が白昼夢の中を生きているという言葉にに衝撃をうけ、その学校での自分の心を見つめるワークをを真剣にやったそうです。私がILCとカバラに出会ったときを懐かしく思い出しました。
ちょうど教師総会では過ぎ越しの祭りの真似事をするのですが、その題材にぴったりです。とても興味深いところなのでお読みください。

かえるサポート 活動開始

菅沢和尚さんのお寺にお頼みしてあった、納骨堂(棚といったほうがいいかも)が出来上がりました。まだ旗などの飾りができていませんが、とても良い納骨堂ができました。先日アイデアの発起人の山本さんとお母さんが興味を持っている唐沢さんと行ってきました。6月21日1時お披露目の会を持つつもりです。肉体が滅びても魂は行き続けると考える人々なら誰にでも提供しようと思います。お問い合わせください。
久しぶりに菅沢さんにお経を上げてもらい父と母のお参りしました。菅沢さんのお経はパワフルで右肩の痛さが弱まりました。お寺の周りも新緑と桜で一番美しいときでした。

菅田先生の古事記講義

今回も菅田先生の古事記講義がとてもおもしろかったので、ちょっと紹介します。スサノオが高天原から追い払われるところから始まりました。オオゲツ姫から五穀が生える場所が韓国語そのものという研究を紹介され面白かったです。もういい加減に韓国と日本の歴史的つながりを認めたいですよね。
ケとキとかは生命力をあらわす音らしい。それが食べ物をあらわすこととなる。それに毛という漢字となり、「も」という字になり、ももという果実は食べ物のなかの食べ物という意味をもっているらしい。へ~~の連続です。出雲の和鋼が宇宙に行くロケットにも使われているとか。とにかく菅田先生の知識はかぎりない・・・