ポール・ソロモンについて

paul3 <ポ ー ル ・ ソ ロ モ ン と ILC>

ポ-ル・ソロモンは、サザン・バプティスト派の牧師の家に生まれ、非常に宗教的な環境で育った。
子供の頃から超常現象にみまわれ、現実生活は困難なことが多かった。
しかし14才での神秘体験から、神の存在を伝える仕事を選び、最年少のバプティスト派の牧師となったのである。
ところが軍隊から帰ってみると、妻が出奔。家庭と仕事を同時に失うことになる。
バプテスト派の牧師は、結婚していることが条件であったのである。

彼はそれで初めて酒を飲み、タバコを吸い、ドラッグも、ありとあらゆるやってはいけないことに手を染める。
何と多くの仕事に就いたであろうか。 長い魂の暗い夜を経験。
その自暴自棄の苦しみから脱皮するために、藁にもすがる思いで催眠療法を受けた。
その時、彼は突然深いトランス状態でチャネリングを始めたのである。
彼はチャネリングによって、人生の意味や神の存在について問うたのである。
エドガ-・ケイシ-の再来とも騒がれはしたが、彼の願いは、私たち皆、内なるところに神の存在があることを伝えたいということであった。

また彼はあらゆる宗教に学び、秘教というエソテリックな教えが伝えようとしたことは一つであることに気づいたのであった。
彼はそこで単にキリスト教という立場を越えて、あらゆる文化宗教を統合した手法を編み出し、人間の可能性の開花に乗り出したのである。
その手法をインナ-・ライト・コンシャスネス(Inner Light Consciousness= 内なる光の意識)と彼は呼んだ。

実際、彼は日本の盆栽の師につき学び、人間の育て方を学んでいる。
マザ-・テレサの手伝いにも行き、深いその愛の行為に感銘を受けている。
ユダヤ伝統のカバラは、シモン・ハレヴィ師に学んでいる。
聖書に見え隠れする古代のエッセネ派での教えと生活からも、教えを取り出している。
西洋にも東洋にも共通する、師と弟子の出会いによって脈々と受け継がれてきたエソテリックな伝統を、ILCにプログラムしたのである。
それによって人々の意識の変容をもたらし、愛に満ちた社会の実現に献身する人間を世に送り出したかったのだ。

それはカルメル山にあったと伝えられる預言者の学校、ミステリ-・スク-ルを現代に蘇らせることでもあった。
彼はイエスの言葉『あなたがたは、私と同じことができる。いや、それ以上のことができる』という言葉を、私たちにも言い続けたのである。
そして『全ての源は愛なのである。愛・光・真実・生命は同じものである。愛がなければ全ては無に等しい』というのが、ポ-ル・ソロモンの生き方であり、終生のメッセ-ジであった。

タイ・ビルマ国境のビルマ難民キャンプで子供たちと接する生前のPaul Solomon師

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